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カスタムバイク・トピックス
走りに行こ〜ぜ!
バイク疑問研究所
ハルコの社長におごられたい!
初級カスタム講座

真剣に勉強する社長の横でのへのへとくつろぐハルコ。根っからの勉強嫌いと、優等生の図といったところか。

注文と出荷商品が合ってるかを調べる「検品」を手伝うの図。この後いい加減にやってコンピュータからは連続的にエラー音が…。

つっこむ気まんまんで向かっていれば…
 マレにみる真面目な社長の様子?!

 カメラマン役のBB頭目・オカムラと共に会社に到着。さっそく会議室に通された。ふと机の上を見ると会社経営に関する資料が何冊も散らばっている。まるで試験中の学生机のような雰囲気であるが…??  そこへ「どうもこんにちは」という爽やかな声と共に今岡社長登場である。あの社長、いったいコレってなんなんすか? と素朴な疑問をぶつける。
 聞けば社長は、常に会社経営に関する勉強を怠らないのだとか。会社内はもちろん、移動中の車の中では経営に関するテープを聴いたり、経営者セミナーにもよく参加するという。う〜む、なんて勤勉な方なのだ! ワタシとは違う民族かも。  ちなみに、一体どんなコトが書いてあるの〜? と置いてあった本を覗いてみたのだが…ま、私には見るだけ無駄っつーことで。すみません。
 その後、今岡社長に会社を案内して頂きました。この東京本社(大阪本社とは別会社なんだそうな)では注文された製品を発送しているので、その発送業務を手伝って(?)にわか会社員気分を味わうコトに。
 いやぁ、普段一人で仕事することが多いから、こういう会社的な場所って緊張するわ! でも社員の皆様優しい方ばかりで、和気あいあいと楽しそう。会社内の雰囲気はバッチリなようである。
 その雰囲気バッチリな場所を与えられれば、私としてはボンヤリしてしまうのは自然の摂理みたいなもの。  コンピュータ画面の注文内容に沿って製品のバーコードを読み取っていく。

「こんなのアホでもできるじゃん」(失言1)
 と思っていたらコンピュータが「ピーッ!」と警告音みたいなものを発しやがった。
「ありゃ?」

 そしたらスタッフに優しく言われてしまった。
「ハルコさん、違うのにしましょうか」
「…チッ…」


検品作業を追い出された私は箱詰め作業に。でもやっぱり「あの…もうちょっと優しくお願いします」なんて言われてしまった。ふん、生娘でもあるまいに。


東京ポッシュでは芸人の卵も働いてました。よもやポッシュの求める物は「笑えるパーツ」ではあるまいか…。


本社屋からすこし離れた場所に工場があり、そこには真新しいデッカイ機械が。「何これ?」と聞いたら「ベンダーです」だって。だからそれはナンなのさ。

今岡社長、出生の秘密がいま!(うそ)


 そんな自分勝手な雄叫びを脳内で浮かべているうちに、いよいよインタビュー開始となった。おっしゃぁ、私のツッコミ全開インタビューで、社長の隠れた人格を引き出すべし!

ーまずですね、ご出身はどちらですか。
今岡「東京の杉並区です」

ー小さい時からバイクが好きだったんですか? 今岡「いや、あんまり」
ー(笑)。じゃぁなんでこんなショーバイ(失言2)やってんすか?

今岡「僕は高校野球やりたいなって思ってたんです。ところが膝を故障して出来なくなって、おまけに勉強もできなかったんです」

ーあはは、赤点小僧っすね。(失言3)

今岡「そんな時に興味を持ったのが英語だったんです。甲子園の夢が断たれたんだったらこの学校にいる理由もないっていうんで、アメリカ行きたいって勝手に決めちゃったんです」

 見た目の穏やかな印象と違い、実は今岡社長、かなりのアグレッシブな性格のようである。ご自分の性格を「凝り性で短気」と分析するだけに行動力はバツグンのようだ。

 さて、こうして向かったアメリカの地で、それまで「ぼんぼん」だった(←私が言ったんじゃないわよっ! 本人が言ったんだからね!)今岡社長を変える出来事が起こる。
 友人を乗せてバイク事故を起こしてしまったのだ。本人は軽傷だったが、友人は大腿骨骨折。日本とアメリカでは医療費はケタ違いで、治療費に200万近くかかってしまったのだという。
 さらに当時のアメリカでの授業料が月に10万円近く。それだけのお金を出させるのは「親に申し訳ない」と思い、朝早く起きてバイトをし、一生懸命勉強して三年のところを二年半で卒業した(アメリカでは単位さえ取れば早く卒業することが出来る)。

 そして帰国後、お父様(ちなみに現・ライコランド社長でございます)に「オレを煮て食おうが焼いて食おうが好きにしてくれ」とアタマを下げたのだという。
 そんな経緯をたどり、社長は『今岡商会』を継ぐために、まずは静岡にあるデイトナ本社で修行することとなったのである。


工場でPOSHオリジナルの手製三輪車を見つけました。そうなりゃやっぱ乗るでしょ。


倉庫では発売したてのマジェスティ250用テールランプがありました。これはかなり目立つ品物でっせ。
最初は苦労もあったようで…


ー三年間修行されて、その後『今岡商会』の方に戻ってきたってわけ?

今岡「戻る予定だったんですけどね。東京に戻るかどうか悩んでいた時に、大阪ポッシュの社長が、東京ポッシュをやんないかって言ってくれたんです」

ー東京ポッシュっていうのは、今岡さんが社長になる前からあったんですか。

今岡「あったんです」

ー今までポッシュを続けてきて、一番困ったことってなんですか。

今岡「困ったこと…うーん、一番最初の頃ですかね。当時14、5年前ってポッシュを知ってる人はほとんどいなかった。その時にポッシュでこういう商品やってるんですけど…って言っても『ウチはいらねぇな』って言われましてね」

ー独立はじめのつらい所ですよね。名前を知ってもらうためにどんなことを?

今岡「あのですね、当時定番のメーカーさんは、皆さん昔のしがらみで、問屋さんから流れるというルートになってまして。たとえば250円くらいで作って、問屋さんに半分でおろして、で販売店さんには六掛けでおろしてっていうような流れだったんです。でもうちはエンドユーザーのために、定価は同じくらいにしても品質を上げて、問屋さんは通さない。そして販売店に直接アプローチかけていったんですね。流通コストを商品代にかけるべきだと思ったんです」

ー問屋ってシステムも独特ですもんね。 今岡「地方のお店にとっては問屋さんの存在も分かるんですけど、東京に問屋があるのはへんだなと思って」

ーそうやって昔からの問屋さんとかを無視すると、それこそいじめられるんじゃないですかぁ…

今岡「当時は問屋さんも確かに力はあったんですけど、ある程度淘汰されるであろうってことは読んでましたから」  

うーむ、素晴らしく的確な状況判断…。  それにしても今回のインタビューは正攻法だなぁ…。これではツッコミいけいけインタビューじゃないじゃないか! とそれこそツッコミたいアナタ、ご安心あれ。  後編インタビューでは、今後のポッシュの展開から、インタビュー後の酒池肉林(?!)の阿鼻叫喚(?!)飲みの模様までガッチョリずっぽしご紹介致しますからね!   後編は10日後予定!(と、自分で自分にプレッシャーをかけてみる)乞うご期待!

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